光をよく見て撮っていて、光の方向で物語が生まれていると思います。光の物語性とこの人物の感じ、着ているものとかがマッチしている。手前に金属を置いたのがすごくいい点ですね。この人のキャラクターが出ていますよね。この人がちょっと傾いたのが大きな要素です。それはこの煙突があるから。煙突があるから邪魔だからといって左側から撮ったら光も平面になってしまいます。うまいです。ただ、ちょっと画面を整理できたらもっと良かったのと、これがピークの瞬間だったかだろうかという疑問が残ります。気持ちが動く刹那のきらめきみたいなもの、この写真にはそれがあるんだけど、もっとピークの瞬間があったのではないか。土門(拳)さんは仏像は走っていると言ったんです。助手がゆっくりやってると「仏像は走ってるんだから早くライティングしろっ」って言った。それぐらい写真って、止まっているものでも「いま」を撮ってる。その感覚が出てくると写真の底力みたいなものがさらに出てくると思います。(小澤忠恭)
動物の応募作品は多かったのですが、たいてい「ウチのコ」「ウチの犬」の写真なんですよ。普遍的な犬ってものを撮っていない。「ウチの犬」の特徴を一所懸命に撮ってるから、家族アルバムを見せられているような気になる。この作品も、たぶん自分の家のペットだとは思うんですけど、これには人間との距離感、世界中の犬に共通する人間との近さ、そういう普遍的なものが写っていていると思います。飼ったことがある人は、犬の目ってこうだということを絶対に見ているんです。これは、撮った人はカメラを覗いていなくて、犬の目を見ているんですね。カメラは犬の鼻先にあって、犬の目線はご主人様を見ている目つきです。犬に見られるときの信頼関係が、写真のなかに現れていると思います。(小澤忠恭)
子どもの写真でも、一枚の写真に、世界中の人が見て「かけがえのない人類の子ども」っていうものが写っていると底力になる。そういう意味でこの作品を選びました。本来もうちょっと画面を整理して、タテ位置で撮ればお坊さんと子どもがバシっと決まる。この写真は要するに手の表情だから。そしてその手を見ない子どもの気持ち。たぶんこの大人に言われてお金を入れたら、お坊さんがお礼をしたんですね。そうしたらこの子がお金を入れたばかりの手を引っ込めちゃった。いい感じのところを捕まえました。それだけの物語が写真には写るんです。物語を切ってしまってホラかわいいでしょうという写真も多いなか、物語を撮ろうとしています。物語のなかに、かけがえのない普遍的なものが見えてくるんです。(小澤忠恭)